残念ながら2018年4月にアルツハイマー型認知症でお亡くなりなった朝丘雪路さん。

バラエティ番組では小銭を見たことがないというエピソードを暴露し、そのお嬢様っぷりを披露して話題になりました。

朝丘雪路さんがお嬢様になったのは父親がその業界では超が付くほどの有名人だったおかげのようです。

では朝丘雪路さんの父親はどういう人物だったのでしょうか?

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朝丘雪路さんの父親はどんな人?

朝丘雪路さんの父親は伊東深水(いとうしんすい)さんです。

本名は伊東一(いとうはじめ)さん。

 

1898年2月4日現在の東京都江東区の生まれです。

 

伊東深水さんは歌川派浮世絵の正統を継いでおられる方で、やわらかく日本女性を表現することを得意としています。

 

伊東さんは本妻の好子さんをモデルにした美人画を多数発表し世間から高い評価を受けていました。

ここで本妻と書いたのは朝丘雪路さんは本妻の好子さんの実の子供ではないからです。

 

朝丘雪路さんの実の母親は料亭「勝田」の女将だった勝田麻起子さんです。

朝丘さんは法律上で婚姻関係にない男女間で生まれた、いわゆる非嫡出子ではありましたが父・伊東深水さんにかなりかわいがられたそうです。

 

そんな伊東深水さんが過去に描いた代表的な作品を見ていきましょう。

伊東深水の作品ってどんなのがあるの?

大正13年に本妻の好子さんの若かりし頃を描いたといわれる

「湯気」

 

第8回帝展で特選に選ばれた

「羽子の音」

 

「雪の夜」

 

「爪びき」

 

などなどいずれも帝展や青々会第2回展など日本を代表するなどで賞を受賞しています。

当時はあまりの人気のため複製の版画までも出回ったと言われています。

 

これだけ賞を受賞すると相当蓄えもできたためか、朝丘雪路さんがお嬢様になっても不思議じゃありません。

そんな朝丘さんの語ったことの中でかなり強烈でお嬢様エピソードがあります。

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朝丘雪路のお嬢様エピソード

父・伊東深水さんの朝丘雪路さんに対する溺愛っぷりが尋常ではありません。

 

朝丘雪路さんが小学校へ通うために人力車を使っていました、しかも養育係つきで。

もちろん学校が終わるのを養育係と人力車の担当の人は待っていました。

 

他にも海水浴は危険だからと禁じられていたり、夏休みに親がとってくれたスイートルームのホテルに宿泊したり、プールを貸し切ったり、傘の開閉作業でも朝丘さんが指をケガしないように朝丘さんに傘を持たせないなど一般的な人と違った生活を送っていました。

 

またどこに行くにも養育係がついてきたのでお金の使い方や道順を全く覚えないで成長していきました。

 

旦那の津川雅彦さんが家の引きだしに大量にたまっていた硬貨をみて愕然、なぜこんなに硬貨があるのかと聞くと1万円しかお金と認識しておらず硬貨は使えないと思っていたそうです…

 

ここまでの次元にくると父親が相当溺愛していたのがよく分かります。

よっぽどかわいかったのでしょうね!

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